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芸能人の”顔パス”警備員に止められたエピソード、笑えないのでは?見過ごされる職業倫理

コラム

芸能人が「顔パス」を警備員に止められたというエピソードを笑い話として公の場で語る行為は、これまでかなり多く行われてきました。しかし筆者はこの行為について、以下のような倫理的問題があると考えます。

警備員の職業尊厳の軽視

警備員は施設の安全を確保するという重要な職責を担っています。彼らが人物確認を行うのは単なる形式ではなく、職務の本質的部分です。芸能人がこの行為を「自分が認識されなかった」という文脈で笑い話にすることは、警備員の仕事の重要性と専門性を軽視することになります。

「認識されるべき」という傲慢さ

「顔パス」を期待すること自体が、「自分は特別な存在として認識されるべきだ」という傲慢さの表れです。警備員は多くの人と接しており、すべての芸能人の顔を記憶することを職務として求められているわけではありません。またよく似た人やなりすました人が侵入を試みている可能性もあります。いずれにしても、顔パスが当然だという思考は短絡的だと言わざるを得ません。

権力の非対称性の無自覚

芸能人と警備員の間には社会的影響力において大きな非対称性があります。公の場でこうしたエピソードを語ることは、自らの特権的立場を利用して、より弱い立場にある人を笑いの対象にすることに繋がりかねません。

警備業務の本質の誤解

警備という仕事の本質は「例外なく」チェックを行うことであり、「有名人だから」という理由で手続きを省略することは、むしろ職務怠慢になりかねません。芸能人がこれを理解せず笑い話にすることは、セキュリティ業務の本質を軽視しています。

こうしたエピソードを公の場で語ることは、単なる自己卑下的な笑い話に見えても、職業倫理の観点から見れば問題を孕んでいると言えるのではないでしょうか?社会的影響力を持つ芸能人として、今後なお一層倫理観が問われるべき行為でしょう。​​​​​​​​​​​​​​​​

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